歴史上の人物というと、とてつもない大偉業を成し遂げた人もいれば、筆舌しがたい大悪事をやらかしてしまった人もいますよね。
どちらにせよ、この世に何かしらのインパクトを与えたから歴史に名を残しているはずです。
そんな数々の歴史上人物ですが、個人的には各々の表の顔よりも、人間味のある逸話を調べるのが好きなのでいつもググッています。
というわけで「歴史上人物の意外すぎる逸話 日本編」と称し、特に印象深かった人物をご紹介します。人数が多いので、今回は日本の歴史上人物についてです。
ゆっくりしていってね〜
近代日本の人物特集よ。
1.野口英世

千円札でおなじみの名医学者
野口英世(1876年〜1928年)は、黄熱病や梅毒を中心とした研究をしていたことで有名な医師であり、細菌学者でもあります。現代では千円札の肖像として知られ、日常的に見かける顔です。
正五位や勲二等旭日重光章の受章をしており、またノーベル賞候補にも名前が挙がるなど、世界規模で活躍した名医学者として語り継がれています。
餞別や援助金を遊びで使い果たす

福島県出身の野口英世は20歳頃、医術開業試験を受験すべく上京しました。その際、小学校時代の恩師を始めとする地元の人々から餞別を受け取っています。
その額なんと、40円。現在の価値では80万円もの大金で、上京後の滞在資金として手にしたようです。今の時代に上京したとしても、4か月ぐらいは暮らせる額ですね。
しかし、この資金を2か月ほどで使い切ってしまいます。使い道はなんと、酒やギャンブル、女遊び。全額ではないものの、ほとんどがそこに消えていったそうです。
手持ちのお金がなくなってしまった野口英世。今度は知人の血脇守之助氏に資金援助を頼みましたが、援助できるほどの金銭的余裕が無いことを理由に断られてしまいます。
そこで諦めたかのように見えますが、全くそんなことはありませんでした。血脇氏に上司への給与アップを求める交渉をさせ、これがなんと成功してしまいます。
血脇氏は2倍近い昇給となり、さらには病院の経営を任されるまでになりました。これによって、経済力が飛躍的に上がった血脇氏。ついに、毎月15円(現在の価値で30万円)を野口に援助していきます。
ちなみに野口が毎月援助してもらっていた15円ですが、済生学舎(現在の日本医科大学)に通うために必要な学費という、大真面目な使い道として援助されていたはずでした。
しかし、この援助金もまた遊びで使い果たしてしまった模様。
若い頃はかなりお金にルーズだったという、よく知られている一流医学者としての姿からは想像できないレベルの逸話でした。
なるほど。もう無駄使いしないようにってことで、1万円札じゃなくて千円札に選ばれたわけね(違う)
でも生活できるほどの額を支援してくれる人と知り合える人脈を持てたのって、ある意味才能じゃないかしら?
2.伊藤博文

教科書でも見かける初代総理大臣
伊藤博文(1841年〜1909年)といえば、日本で最初に総理大臣を務めた人物ですね。歴史の教科書で見かけた人も多いでしょう。
総理大臣だけでなく、枢密院議長や貴族院議長、韓国統監なども歴任した政治家です。1909年、清国で朝鮮の独立を目指す活動家に暗殺されてしまいました。
芸者遊びで破産し家を失う
教科書に載るほどの偉人として有名な伊藤博文ですが、かなり芸者遊びに没頭していたようです。
その遊びの凄まじさたるやとどまるところを知らず、結婚しても、熱が40度あっても、果ては日清戦争の最中も芸者遊びをするほどの芸者好きだった様子。
見かねた明治天皇から注意されるほどでした。
ちなみに芸者遊びは当時「女遊び」とも呼ばれていたようで、遊びの内容的に野口英世とあまり変わらないのかもしれません。
そんな伊藤博文ですが、この芸者遊びでお金を使い過ぎてしまい、いよいよ破産してしまいます。おまけに抵当に入れた家まで失い、借金で新たな家も借りられなかったため、総理大臣にしてホームレス同然の状態になったそう。
しかしながら、さすがに国のトップがホームレス状態では困るということで、そんな伊藤博文“首相のための家”が用意されました。
驚くことに、その家というのがあの「首相官邸」なのです。
今では現職総理大臣が執務を行う拠点となっている首相官邸ですが、もし伊藤博文が芸者遊びをしていなかったら、どうなっていたのでしょうか。
そんなに芸者遊びでお金使いまくったのか…
アイドルの追っかけで200万使い込んだウチの管理人と通ずるものがあるわね…
3.石川啄木

「一握の砂」で知られる有名文学者
石川啄木(1886年〜1912年)は、明治時代に活躍した歌人・詩人です。国語の教科書で見かけた人も多いでしょう。遺した作品としては「一握の砂」が有名ですね。
小学校を首席で卒業する秀才で、与謝野晶子や及川古志郎などの人物をきっかけに文学の道を目指したそう。
ちなみにですが、管理人の故郷である北海道釧路市にも2か月ほど滞在していました。
結婚式のバックレと膨らむ借金

石川啄木は、18歳の時に結婚しています。管理人と違って相手に恵まれて羨ましい限りですが、なんとせっかくの結婚式をすっぽかしてしまったことがあるそうです。
理由は寝坊や婚約破棄などではなく、失業した父親の面倒を見たくなかったからだとか。
また、金田一京助氏を初めとする周囲の人々から借金をしていたようで、その額はなんと1400万円余り(現在の価値に換算した額)。
代表作『一握の砂』では「はたらけどはたらけど 猶(なお)わが生活楽にならざりぢっと手を見る」という、労働者の貧しさを表現していました。しかし自身は働かずに借金をして遊びまわっていたため、周囲から白い目で見られていたようです。
1400万って…ベンツの中でもいいやつ新車で買えるよね…
借金してる人が多いからかしら…結婚式のバックレがまだマシに思えてしまったわ…
4.森鴎外

医学と文学に精通した名士
森鴎外(1862年〜1922年)は、明治から大正時代にかけて活躍した小説家で、陸軍軍医でもあります。
作家としては『舞姫』が有名で、教科書にもよく載っているため文学者としてのイメージばかりが大きくなりがちかもしれません。
しかし、他には軍医総監だけでなく官僚や翻訳家なども務めるなど、かなりマルチに活動した人物です。
大の甘党&キラキラネームの魁

甘党は甘党でも、ビックリするほどの甘党だったとのこと。特に好物だったのが、「饅頭茶漬け」というゲテモノとまで評されるお茶漬けです。
白米の上に甘い饅頭を乗せ、そこへ煎茶をかけて食べるという凄まじい一品。
過去にはテレビ番組「トリビアの泉」でも取り上げられていました。意外に美味しいとは言っていたものの、好き嫌いが分かれそうですね…
また、森鴎外はキラキラネームの魁としても知られています。キラキラネームはここ最近流行り出したかのように見えがちですが、明治時代にして子供達に個性的な名前を付けていました。
ちなみに以下の通り。
- 長男:於菟(おと)
- 長女:茉莉(まり)
- 次男:不律(ふりつ)
- 次女:杏奴(あんぬ)
- 三男:類(るい)
現代人の我々から見ると、全員がキラキラネームのようには見えませんね。長女と三男に関してはごく普通です。
しかし、この時はまだ明治時代。当時の人たちからすると、全員キラキラネームに見えていたのかもしれません。
デスノートのLもビックリの甘党だね…饅頭茶漬けだっけ?多分あたしはダメだわアレ…
っていうか、お金の問題抱えてなさそうな人初めて見たわ。
5.黒田清隆

伊藤博文に続く明治期の総理大臣
黒田清隆(1840年〜1900年)は、伊藤博文に続く第2代内閣総理大臣として有名な人物です。
戊辰戦争では新政府軍を率いて五稜郭の戦いを指揮し、その後は開拓使の長として北海道開拓に尽力しました。
現在では札幌市の大通公園に銅像があり、管理人含め北海道民には馴染みのある存在と言えます。
酒に酔った勢いで人を殺害…しかも2度?

総理大臣を務め、北海道の開拓にも尽力した立派な人物として知られているものの、酒に酔うと危険人物へと豹変しやすかったようです。
それも、暴れる程度の次元ではありません。
勢いで大砲を発射し、それを民家に直撃させてしまい破壊。民家が壊れるだけならまだしも、住民が犠牲になる事態まで起こしています。
この騒動については、なんとか示談で済んだそうです。
また別な時には、芸者との仲を指摘した妻に逆上し、斬り殺してしまいました。ただ、これは新聞から広まった噂とされています。
その噂が広まった結果、大警視(警視総監に相当)である川路利良が調査に乗り出すことに。
死亡した黒田の妻の墓を発掘し、他殺ではなく病死と結論付けたことで騒動は収束したとのこと。
酔った勢いじゃ済まないやつでしょ…
あんまり危ないから簀巻きにして家に送り返したなんて話もあるわよ。
6.オチ
近代日本に登場した歴史上人物の逸話について、特にインパクトの大きかった人物のものを紹介してみました。他にも色々な人の逸話がありますが、お金絡みが多いですね(汗)
さて、今後は海外編や別な時代の人物についても取り上げていこうかと思います。

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